【お別れは突然に、、】

サルーキ=で長年鍵盤&ピアノでサポートしてくれていたみーこさんが7/13に召されました。

月曜日のお昼頃、チヨから電話がありました、、信じられないし、受け止め切れないね、、とチヨと話して電話を切った後、ただただ涙があふれでてきました。

みーこさんとはサルーキ=を通して20年を超える付き合いでした。最後のライブは今年の1月チヨのバースデーライブ。一緒に打ち上げにも行きました。たまたまみーこさんと向かいの席だったので楽しかったことを覚えています。

振り返ると僕らバンドがどんな状況の時も、大挑戦をしてる時も、ライブサポートをお願いすると、必ずオッケーをしてくれました。

渋谷ウエストワンマン、イーストワンマン、渋谷公会堂、日比谷野音、大きな舞台ではいつも支えてサルーキ=のサウンドを彩り支えてくれました。その他、ライブハウスでのバンドライブも思い返すと数え切れないステージを共にしてくれました。リハスタには何度入ったことか、、リズム特訓の練習にも付き合ってくれて、とにかく僕らに寄り添ってくれました。

そして、何よりサルーキ=の音楽を大好きでいてくれた人です。アルバムも数えると7枚もみーこさんと演奏して録りました。一緒に作り上げていく作業もほんとに楽しかったし、、

みーこさんは音楽学校のボーカルの先生でもあり、もともとピアノを弾いて歌う人なので、サルーキ=を手伝ってくれるようになってから、良いオルガンの音が鳴るキーボードを2台も購入してくれたり、サウンドやアプローチもすごく研究してくれたんです。そしてそのアプローチは歌の人ならではのセンスでした。

ライブではみーこさんと一緒にコーラスをしているとそのパワフルさに引き上げられ、何度も何度も熱くなった瞬間を覚えています。

北海道や大阪、名古屋、京都、沖縄にも一緒にツアーでまわりました。いつだったか、みーこさん交通事故で骨折してギプスをつけたまま、ツアーに参加してくれたこともあったかな。なんてロックな人なんだ!と。

12年前一度だけみーこさんのお誘いで僕と2人で小さなギャラリーで生音でライブをしたことも思い出しました。

僕と妻の結婚式の時には小豆島にも来てくれたなぁ。

あの日もあの場所も、いくつも思い出が尽きません。

この心にあいた大きな穴と深い悲しみは、やはり同じ時を過ごした時間があるからかなぁ。何度も涙が込み上げてきます。

だから、同じ時を誰よりも長く過ごした旦那さんのカズさん、そして、息子さんのマオくん、ご遺族の皆さんのこれからの人生を祈ります。神様どうか、心を守ってください、心を癒してください。あなたの愛で慰めてください。

来年のチヨ50歳記念サルーキ=ワンマンのサポートもお願いしていたところでした。

みーこさんの持病が再発して検査していると聞き、そんなタイミングだったので来年のワンマンを目標に回復頑張るねって言ってくれていたのが6月後半。

それから病状は一気に進み7月はじめに入院となり、最後に連絡くれたのは7/7でした。本当につらい症状の時だったと思います、なのに希望を持っていました。

「頑張って回復します!」って。

その6日後でしたから。

一昨日、みーこさん宅にお別れと今までの感謝のありがとうを伝えに会いに行って来ました。チヨやみさちゃん、共通の友人のカヨさん、息子のマオくん、カズさん、そしてみーこさんとカズさん共通の20代からの友達の方も数名来ていらして、優しく安らかな顔で眠るみーこさんのそばで思い出話をたくさんしながら偲びました。

近しい人の死を通して命の尊さを深く深く知る機会でした。

神様は僕ら人間に喜ぶ心、そして悲しむ心も与えてくれています。

喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣きなさい。 ローマ12:15

Jesusは誰よりも悲しむ者に寄り添って、泣いてくれて慰めてくれる方。悲しみが悲しみで終わるのではなく、希望につながってほしいと信じてお祈りします。

そして、旦那さんのカズさんと息子のマオくんとみんなとで、また集まることを約束して帰りました。

「会う」ってのがやっぱり大切。

限られてるからね、地上の人生は。

悲しみの気持ちがまだ騒いでますが、書き残しておきたいと思いました。

大好きなみーこさん

サルーキ=とみーこさんが出会えたことを感謝します。

共に音楽を鳴らし、歌い、笑い、旅もできたことを心より感謝します。

みーこさん。

ありがとうございます。

また一緒に演奏したりしたいので、次は、、必ず!

天国で再会しましょう!

2026/7/16

コメント